蔵元敬白
当蔵は東方に駿河湾、伊豆半島、そして富士山を仰ぎ、北々西には遠く南アルプス南端を望む焼津の地にあります。ここは、日本武尊が天叢雲剣で周囲の草を薙ぎ、向火を放って難を逃れたという日本神話の地です。そして、ここより南西には南アルプス白峰三山、間ノ岳(日本百名山)を源泉とする清流大井川が、約170kmのゆるやかな流れと共にこの志太平野に名水の恵みをあたえてくれています。酒を醸す中で65~70%の値を占める仕込み水ですから、酒造りに適した水の恵みは本当に有り難いことです。
また、酒を造る中で最も重要な原料である酒米は、兵庫県の特A地区である東条地区産の山田錦を始めとし、愛山・五百万石など産地を厳選した酒蔵好適米を使用しております。自然の恵みである酒米は、同じ産地、同じ品種の米であっても、その年の気候・温度の違いなどにより違った出来となります。そうした年毎の細かい違いをいち早くキャッチし、ブレの少ない安定した心が伝わる日本酒造りを心掛けております。
人と自然が織り成す日本酒造り、限界への挑戦、造る厳しさそしてそれを見守る愛情から生まれる磯自慢の“しずく”。遠く、ルイ14世は「貴族など15分もあれば20人でも作れるが、芸術家【芸術】を作るには何世紀もかかる」との言葉を残しております。長い歴史を持つ本物の日本酒は、ルイ14世の言葉とは若干意味合いが違うかもしれませんが、世界に誇れる芸術品ではないかと思います。
当蔵では天保元年(1830年)より今日に至るまで、伝統を守りつつ新しさを追求し、「伝統と革新そして本質へ」技を磨き高め、小さな造り酒屋ではございますが、日本酒造りの真髄を極める努力をしてまいりました。今後も皆様に支えられて安心してお飲みいただける“磯自慢”でありますよう、愛情をこめて謙虚な姿勢で一生懸命醸してまいりたいと思います。
お酒は生き物です。品質保証の為、お買い求めは当社特約酒販店様にてご購入頂きますようにお願い致します。お求め後、開栓するまでは冷蔵庫に保管いただきまして、お飲みになります時には、冷酒はあまり冷やし過ぎないように、またお燗は熱くし過ぎないようにお試し下さい。なお大吟醸酒類は開栓後2日~1週間と味と香りの変化もお楽しみいただけると存じます。
磯自慢の酒造り
磯自慢酒造の酒造りは、朝夕に涼風が吹き始める10月始め、酒造りの神様を祀る神事から始まります。蔵人たちは呼吸を合わせ先ずは本醸造系の仕込みから開始します。今年の米の具合や、湿度や気温の具合などを確かめながら、吟醸系、大吟醸系の仕込みへと続いていきます。並行複発酵による酒造りは、まさに生き物との対話に他なりません。一度仕込みが始まると、春の上槽まで一日も休むことなく、酒造りにいそしむことになります。
【酒米】
磯自慢酒造で使用する酒米のほとんどが、“山田錦”という酒造好適米になります。この山田錦の誕生は兵庫県になりますが、現在では南は九州から北は東北地方まで広く栽培されています。たいへん酒造りに適した酒米で、高級酒を造るには欠かせません。当蔵では、兵庫県特A地区で収穫される『東条山田錦』(商標登録)を、現地の契約農家に栽培いただいています。使用する全酒米の内、約65%が東条山田錦となります。また全国11社の志しを同じくする蔵元仲間が集い、東条地区の農家の自立を助け、共生して行こうと『フロンティア東条21』を結成。微力ながら農家の人達と共に歩んでおります。
【洗米】
品質の良い日本酒を造るための第一歩は洗米です。片手にストップウオッチを持ち、秒単位での限定吸水です。磯自慢酒造の洗米は、10キロの酒米に対し350リットル以上の水を使用、米の表面のヌメリを完璧に洗い流しながら、米本体に限定した水分を吸水させます。この時の洗米され限定吸水された酒米を電子顕微鏡で見ると、曇りのないスカッとした八角形の結晶を見る事ができます。洗米は第二の精米とも言われておりますが、我々はこの洗米をとても大事にしております。
【蒸し米】
奇麗に洗米された酒米を最高の条件で蒸しあげます。蒸された酒米は非常にサバケが良く、甘く品の良い香水のような香りがいたします。また、山田錦を冷ました時は、青ワラの様な爽やかな香りもいたします。酒米を蒸す甑は米にやさしい“椹”製を使用しています。質の高い酒造りのためには「一に蒸し米」と言っても過言ではないかもしれません。
【麹造り】
酒母と本仕込みの醪に使用する“麹造り”。当蔵独自の製麹法で、総杉作りの広い麹室で長時間かけて完全手造りで行います。見た目は派手で(菌体の植え付けが少ない、ハゼ込みが少ない)、老ねて胞子が見え、香りはキノコ臭がする。一朝一夕では造ることができない、伝統技術に裏打ちされた微生物の成果です。例えば、当社保存の優良酵母に合った麹を育成する為、大吟醸の麹造りでは約70時間をかけて、寝る間も惜しんで取り組んでおります。これが磯自慢の独特の味わいの原点になってまいります。
【酒母】
当蔵の造りは全て、約半月かけて醸す速醸系の酒母を使用します。心を込めて造った麹、適温まで冷ました蒸し米、南アルプスからの仕込み水、そして優良な自社保存酵母(静岡酵母も含みます)を添加、カラーアルミで仕上げた冷蔵酒母室で、酵母を純粋培養いたします。経過の3~5日目の段階では品温での調整で酒母をいじめてあげます。この時、酵母はストレスにより硫香(温泉の硫黄の香り)を生じます。この硫香が後ですばらしいフルーティーな香り、マスクメロンやラ・フランス、ふじリンゴ、完熟バナナ、パッションフルーツのような自然の香りに変化いたします。また出来上がった酵母には、わずか1ccに1.5億個以上の酵母が生存しています。まさに酒造りは発酵学、バイオテクノロジーの成果であるのと同時に、酒米からなぜフルーツの香りが・・・とその不思議さにも驚かされます。なお当蔵では、カプロン酸系の酵母は一切使用しておりません。
【もろみ】
醗酵タンク・貯蔵タンクはオールステンレスで仕上げた、冷蔵仕込み室の中に並んでいます。昭和62年、全国に先駆けて取り組んだ、大きな冷蔵庫内での酒造りとタンク貯蔵。これが当蔵の低温発酵、すなわち吟醸造りの品質向上に向け大きな転機となりました。また、醗酵タンクは酒にとって非常に好条件である、グラスライニング製を使用しております。
低温醗酵で醸される醪は穏やかな醗酵で、外気温を気にする事なく常に一定温度に保たれた冷蔵仕込み室の中で造ることにより、颯爽とした自然でフルーティーな香りと、奥深い味わいを持った醪が醸されます。醪の醗酵品温、総米は醸すお酒の品種によって若干違います。また、最終段階の上槽のタイミングの見極めも大事となります。
【上槽・しぼり】
昔ながらの搾り機“槽(ふね)”と、自動搾り機の二台を、オールステンレスで仕上げた冷蔵庫内で使用しています。温暖な静岡で最高の吟醸造りをと考えた結果、仕込み室もそうですが、魚の町・焼津の冷凍技術(-60℃)を酒造りへと活かした結果です。全国に先駆けて作った冷蔵搾り室で行う理由は、最終的に搾る前の醪の品温が5度位と低い事にあります。また、常に低温に保たれているため、とても清潔な環境となっています。